bobourata

脚本の勉強をしています。見た作品の事とか考えてる事を書くと思います。始めたばかりです

『最後の追跡』という映画を見ました

日本では、Netflix独占配信されている作品です。

アメリカの映画批評サイトですごく評価が高かったので気になっていたのですが、配信スルーとは少し驚きでした。
先日発表されたゴールデングローブ賞では、ドラマ部門の作品賞や助演男優賞脚本賞にノミネートされ、その他の賞レースにも多く絡んでいる作品です。
〜あらすじ〜
家族の牧場を手放したくない…。兄弟は連続して銀行を襲撃。犯人を追うことになったのは、 州の治安を守るテキサス・レンジャーを退職目前のベテランだった。(Netflixより)
 
 
強盗を繰り返す兄弟と、それを追う警官(とその相棒)がメインキャラクターです。立場は違えど、兄弟も警官も、同じ土地で生まれて生きてきた人間なので、人生の流儀みたいなものがどこかで繋がっている感じがして、ゆえに、警官はうまく兄弟を追い詰めていくし、兄弟もその手からうまく逃れていきます。
 
あまりステレオタイプに物事を捉えるのは好きではないですが、“テキサス”と聞いて浮かぶイメージが全て詰め込まれている感じの作品でした。簡単に言うと、銃に始まり銃に終わる映画です。
兄弟が犯罪に手を染めた理由には、医療費による自己破産などアメリカ社会の闇を感じずにはいられなかったので、いろいろなことを考えてしまったし、警官をはじめとするキャラクター描写の背景にも、様々な社会問題が投影されているように思いました。
 
重い拳をドーンと頭に打ち付けられて、見終わった後もずっとキャラクターのことを考えてしまう映画でした。男くさくて不器用なんだけど、思いやりに溢れた彼らなりの愛情表現が胸を打ちました。
バディムービーとしてもかっこいいし、ニュースなどでは表面的にしか受け取れないアメリカ南部の現実も感じることのできる作品でした。

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『シャンプー台の向こうに』という映画を見ました

子どもの頃に見た映画を成長して見返すと、いろんな発見があります。

その映画を面白いと感じた昔の自分を可愛らしく思ったり、驚いたり、お母さんはこれをどういう気持ちで私に見せたのかなと思ったり。

 

『シャンプー台の向こうに』は、私にとって宝物のような映画のひとつです。

初めて見たのは11歳の時で、映画館にお母さんと見に行ったのですが、すごくいい映画だったなという思い出が残っている作品でした。

高校の長期休みで家にいたある日、無性にこれを見返したくなって、自転車で行ける範囲にある町中のビデオ屋さん全部を探して回ったけど、どこにもレンタルDVDが置いていなくて、撃沈したほろ苦い思い出があります。

それからも見返したいなと思う度に、ビデオ屋さんに探しに行っては置いてなくて諦めたことが5、6回はありました。こんなに見たいのに見れなかった映画ってこれが初めてで、逆にどんどん初めて見た時の思い出も美化されていって、気がついたら、たった1回しか見てないのに、オールタイムベストに入るレベルで自分の中で特別な作品になっていました。

 

そんな作品を、先日やっと見返しました。16年ぶりでした。

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〜あらすじ〜

イギリスの田舎町ヨークシャーのキースリー。普段は静かなこの町がにわかに騒がしくなってきた。なんとこの町で全英ヘアドレッサー選手権が開催されることになったのだ。バイト先の葬儀場で死体相手にカットの練習に励むブライアンはこの絶好のチャンスに気合い十分。一方、ブライアンの父でかつてこの大会で2連覇を果たしたフィルはまったく乗り気じゃない。というのも3連覇のかかった10年前、妻のシェリーがヘア・モデルのサンドラと恋に落ち家出してしまって以来気力をなくし、田舎理髪店のしがないオヤジに成り下がってしまったのだった。そこへ、家出した妻シェリーがやってきて、サンドラも含めた“家族”で大会に出場しようと持ちかけるのだった……。(allcinemaより)

 

主演がジョシュ・ハートネットで、ヒロインはレイチェル・リー・クック。このコンビ、ちょっぴり時代を感じますね。私が小学生の時、この2人はアイドルみたいに人気があって、私もその波に乗って2人が出ている映画をたくさん見ていました。真実を告白すると、この作品を映画館に見に行ったのも、この2人を見たかったからでした(謎の照れが出てしまいます)。

そしてお父さん役はアラン・リックマン、お母さん役はナターシャ・リチャードソンです。どちらも大好きな役者さんだったのですが、2人とも亡くなってしまいました。悲しいけど、今でもしょっちゅう映画で見ているから、亡くなったという実感が湧きません。

 

物語の軸になっていたのは、主人公ブライアンのお父さんが、浮気をして出て行ったお母さんをどう許していくのか、というお父さんの気持ちの変化の部分でした。

ヘアドレッサー選手権に出場するのを頑なに拒否している気持ちと、お母さんを拒否している気持ちがイコールで繋がっているので、お母さんと向き合う姿勢が芽生えるにつれ、お父さんのヘアドレッサー選手権への興味とやる気が復活していきます。この物語の構成が、すごく洒落ているなと思いました。

 

誰かを怒り続けることは簡単だけど、自分を傷つけた相手を“許す”って難しいよなぁと、お父さんに激しく同情しました。

誰かとの間に起きた問題と解決させるには、自分が悪かったにしても悪くなかったにしても、自分も歩み寄る他ないわけですが、それってなかなかできることじゃないですよね。でも永遠に放置するわけにもいかないから、必ずどこかで腹をくくるしかない。それをわかっていながら10年もお母さんと向き合うことを避けてきたお父さんの心を変えたのは、家族によるささやかな後押しの連続と、ある大きなきっかけがあったからですが、最終的にお父さんを動かしたのは、お父さん自身がお母さんを受け入れる心でした。それがまぁとても素敵な形で表現されているので、どういう風に描かれているかをぜひ映画を見て確認してみてください。

 

この映画は、終始ゆるーい感じのテンションで進む(ちょっぴりコメディも入った)ドラマでしたが、フィクションならもっと大げさに描けそうなところも、あえて平熱なままで描いている感じがとてもよかったです。

 

16年越しの鑑賞ということで期待値もそれだけ上がっていたので、全然面白くなかったらどうしよう!と、少しドキドキしながら見たのですが、とっても素敵な映画でホッとしました。映画にまつわる思い出補整がたまに悲劇を起こすことがあって(子どもの頃めちゃくちゃ好きで見ていた映画を見返したらとてもお下劣な映画でショック受けたりとか色々ありました)、時間が経った記憶や思い出って知らないうちに美化されているから、特に映画とかはあまり期待しないで見るようにしていました。でも、『シャンプー台のむこうに』に関しては、こんな地味な映画を面白いと思った昔の自分が少し誇らしく思えるぐらい、とてもいい作品でした。

 

とっても地味な映画ですが、鑑賞後のささやかな余韻がとてもいい感じなので、DVD探しの旅が大変かもしれませんが、興味があったらぜひ見てみてください(私は新宿TSUTAYAで見つけたので、大きい店舗にはあると思います)。

 

www.allcinema.netmovies.yahoo.co.jpwww.imdb.com

たまにはこういう日もありますよね

〜今日起きた事〜
1、朝起きたら、気分爽快。体調が回復していた
2、久しぶりに美味しくごはんを食べることが出来た
3、とても幸せな気持ちになるいい映画を見た
4、ハッピーな気持ちでお出かけの準備をした
5、家を出て、ポストを確認したら、テンションがガチ下がりする荷物が届いていた
6、気分転換に読もうと買った本が、とてもおセンチな内容で全然気分転換にならなかった
7、知らない人に睨まれた
8、ブログに書こうと思った内容を膨らますことができなかった
 
さっきまでマイナス50ぐらいでしたが、この文章を書いているうちに、マイナス10ぐらいにまで回復してきました。
テンションが一気に100まで上がった後に10下がるような出来事に立て続けに遭遇すると、フラットな状態から10下がった時より、ダメージがデカイということに気づきました。テンションは、上がるなら少しずつ、こつこつ積み上がった方がいい気分は持続するのかもしれないなと思いました。
 
今日はどうしても楽しいことが書けませんでした、ごめんなさい。
たまにはこういう日もあるよな、ということも隠さず書いてみました。
自分のためにブログに残しておきます。
 
明日は良い日になりますように!!!

「私のねこ」という曲と友部正人さん

今日も体調が悪くてずっと横になっていました

ふと、去年の今頃何してたっけと気になって、1年前の手帳を見てみました。残念ながら、手帳には仕事のメモしか残っていなくて、忙しかったこと以外はあまり思い出せなかったのですが、ひとつ、毎日何回も聴いていた曲があったことを思い出しました。
この曲はミュージカル「100万回生きたねこ」の劇中で何度も歌われたテーマ曲みたいな歌で、この舞台を見たのは去年の8月だったのですが、この曲が頭から離れなくて、去年の秋と冬はずっとこれを繰り返し聴いていました。
メロディの心地よさはもちろんだけど、歌詞の奥深さにすごく惹かれました。意味がわかるようでわからないし、自分のその日の気分やテンションによって聴こえ方が変わる、すごく不思議な曲でした。
公式に歌詞はアップされていなくて、パンフレットにも載っていなかったから、自分で書き起こした歌詞を携帯電話にもメモして、いつもその歌詞を見ては、意味を想像したり単純に言葉のリズムを楽しんだりしながらずっと聴いていました。
この曲の作詞をしたのは、友部正人さん。この舞台を見た後、友部さんの詩集を1冊買って読んだのですが、とても良かったです。「バス停に立ち宇宙船を待つ」という本です。難しい表現や言葉を一切使わず、誰にでも想像ができるようなありふれた日常しか描いていないのに、読んでいるうちに壮大な世界に連れて行かれるんです。それでいて、やさしく背中を押してくれるような温かさもある詩集でした。

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「脚本は詩だと思って書け」と、脚本に関する本に書いてあって、自分も本格的な形で脚本を書くようになって映画やドラマの見方も少し変わってきたので気づいたのですが、繰り返し見てしまうような面白い映画やドラマは特に、詩的な表現が多く用いられているんだなと感じるようになりました。
 
ミュージカルの「100万回生きたねこ」は、ねこが死ぬたびにその時の飼い主が泣くシーンの涙の表現手法が飼い主によって違って(紙吹雪を投げたり、ぞうきんの水をしぼったり)、それがいちばん印象に残っています。美術も音楽も演出もセリフも全て素敵でした。でも舞台って1回見ただけじゃ全てを把握できないので、もう1回見たいのですが、次はいつ再演してくれるかな
 
今年があと2週間しかないことに衝撃を受けています。来年の今頃は何をしているかな…。少なくとも大切な土日を横になって無駄にすることなく、楽しく暮らしていたいです。
 
最後に、
今日なんだかすごく面白いエッセイ(?)を発見しました。聞いたことない人が書いてた文章で、読んだ後、書いたのはどんな人だろうと名前を調べたら、「なんて日だ!」のお笑い芸人小峠さんの相方さんでした。なんかすごい大発見をした気分でした。いい意味でやばいので、ぜひ読んでみてください。

今日の話と昔撮った写真の話

今日は体調が悪くてずっと横になっていました
 
頭の中に色んなものがぐるぐる回っていて、ぐるぐるが止まってくれないから夜眠れなくなる時もあります。でも、それを文字に起こすと、絡まっていたぐるぐるが少しずつほどけていくのが分かって、しかも言葉にするとポジティブに変換されてる時もあるから、気分が楽になります。
でも、映画に救いようのない極悪非道な悪人が登場する時があるように、どんなに頑張ってもポジティブに変換できない事もあります。どんなに辛い事があってもいつかプラスに変わる日が来るだろうと信じていたけど、自分の気の持ち方だけじゃどうにもならない事もあるとわかりました。でも、ポジティブなことしか言わない人より素直に何でも言う人の方が人間味あって素敵だと思うので、どうにもできない事があってもきっと大丈夫だろうと信じます。
 
今日は、極悪非道な悪人のような“ぐるぐる”と向き合った結果、自滅しました。
向き合った成果をここにアップしたいのですが、アップできる心の準備がまだできていないので、準備ができたらアップします。
 
代わりに、今日ぐるぐるを文字に起こしていた時の話をします。
私のパソコン、「出生」って打とうと“しゅっせい”と入力すると、必ず「出征」って単語が先に出てくるんです。命が終わるかもしれない場所に向かう時に使われる言葉と、命の始まりを意味する言葉が同じ音で構成されているなんて、皮肉だと思いませんか?“しゅっせい”と入力して「出征」が出てくるたびに、いつも虚しい気持ちになります。今は特に、そう思います。これまでに何回もこのパソコンで「出生」と打っているのですが、いつまでたっても「出生」が一つ目の変換候補に出て来ない私のmacbookの学習能力なさにムカつきました。
 
あと、今日ちょっと探し物をしていて、昔撮った写真を見ました。今日見た写真は全部6年ぐらい前のものだったのですが、懐かしくて時間を忘れて見てしまいました。興味関心があるところが全然変わっていなくて、少し面白かったです。カメラの機能を信じて立ち止まらずに写真を撮る事が多いので、ブレた写真ばかりなのも、今と変わっていないダメなところです。
気分転換に、ブログで取り上げた話とつながる写真を中心に何枚かアップします。
 

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通ってた学校の駐輪場にある木、毎年これだけ真っ先に赤くなりました

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これも学校の前。なんで綺麗なイチョウの木を撮らず、落ちた葉っぱに目がいくのか自分でもわかりません

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ツリーへの興味は昔から健在でした。綿だけでも意外とイケますね

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テーマ「ヴァ」

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テーマ「哀愁」

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実家のそば。これは間違いなく景色ではなくゴミを撮っている

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大晦日、祖父母の家の近所のお肉屋さんにいたうさぎさん(毎年新年の干支がいます)

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大好きなおじいちゃん。私が雑誌を持って泊まりに行くと、いつも知らぬ間に縁側で読んでいます

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 そして寝る!まくらの柄に注目

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再び学校。木に施されたイルミネーション。これには意味があって、通学中に交通事故で亡くなった学生を弔うために有志によって行われたものでした。こういう意思表示をできるのは、素敵なことだと思います。とてもきれいでした。

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突然夏になりましたが、これは学校の教室から撮ったやつ。虹、見えますか?休み時間にみんなで狂ったように撮りまくった懐かしい写真です。見慣れた景色も虹ひとつかかっただけで、見え方が変わって面白いと思いました。木に写っているのは、その時みんなといた校舎の影です。 

ファンガールの動画と映画監督のビデオエッセイ

今朝ツイッターを見ていたら、かわいい動画にめぐりあいました。
とっても朗らかな気持ちになるのでぜひ見てみてください。

 

何かを好きでいるって愛おしい事だなぁと実感させられる素敵な動画でした。

好きで好きでたまらない作品の中にいた人が、自分の目の前に現れたら…って、想像しただけでも泣けます。何かのファンでいることって、本当に素敵だなと思いました。好きなものをずっと好きでいたい思いました!
 
 
もうひとつ。今日はTWDファンガールの動画を見た後、
ホン・サンスの『今は正しくあの時は間違い』の反復と差異を検証するビデオエッセイ”
なるものにも、めぐりあいました。ホン・サンスとは、韓国の映画監督です。 
 ホン・サンス作品特有のテロップと音楽づかいで始まるオープニング以外は、何が起こっているのか全然理解できない動画でした。話の内容も、英語の情報量にもついていけないし韓国語もわからないので、内容は全然理解できていないのですが、なんかすごいことやってるな、っていうのは伝わる動画で、ホン・サンスの遊び心にワクワクしました。
 
ムン・ソリという女優さんがもともと大好きで、その人がホン・サンスの新作に出ると知って、監督の過去作品を見たのが最初の出会いだったのですが、骨太な作品が多い韓国映画の中でも、少し異質な感じで、はじめは何が面白いのかよくわからなかったのですが、何作品か見ているうちに好きになりました。
最近の作品は見れてないのですが、「浜辺の女」と、ムン・ソリが出ている「ハハハ」と、イザベル・ユペールが出ている「3人のアンヌ」がお気に入りです。
 
私が思うホン・サンス作品の特徴は、登場する男性キャラクターが一貫して基本クソ野郎ってことです。そしてそういう男性に、感情をむきだしにしてぶつかる女性が、みんな最高ってことです。とても不思議な作風なのですが、人間のどうしようもない部分をすごく愛おしく描くので、見終わった後は、登場人物全員の事を好きになっています。でも、私ももう何年もホン・サンスの作品を見ていないので、今見返したら全然違う感想が生まれるかもしれないです。今度見返してみます。
 
 
たった数分の動画にも、その人の人生のドラマや想像力が目一杯詰め込まれていて、しかもそれを見て感動したり笑ったり驚いたりできるなんて、なんて素敵なことなんだろう!と、映像の可能性の果てしなさに心が躍った1日でした。最近、ずっと人に貸していたカメラのバッテリーが帰ってきたので、久しぶりにカメラさわって映像撮って遊んでみたくなりました。

ハネケという監督がつくったとんでもない映画

残酷なニュースを見ると、精神をやられてしまう時があります。近年はそういうニュースが増えて、悲しいです。
以前ジョージ・クルーニーが「社会で問題にならない問題にいち早く目を向けてきたのは映画業界だ」的なことを、人種問題やエイズの話を挙げて、アカデミー賞でスピーチしていたことがありました。
社会の問題とまったく関係なく見えても、面白く思う作品って、社会や人間の問題とつながりが見えてきますよね。だから、どんな方向性であれ、作り手の熱意を感じる映画はいいですよね。
日本で、そういう熱意を持って映画作りに取り組んでいる人はどのくらいいるのかなと思うことがたまにありますが、熱意を持ってつくられた映画に限って、見れる環境が限られてたりして、面白い映画はたくさんあるのに、もったいないなと感じる時があります。
 
面白い映画といっても、その面白さにはいろんな種類があると思うのですが、
 
今日は、私が今まで見てきた中で一番見たことを後悔したけど、結果見てよかったなと思った映画の話をします。
 
何年か前に映画を見て大変な思いをしたことがあります。ミヒャエル・ハネケの「ファニー・ゲーム」(オリジナルの方)を見た後、3日間貧血に苦しみました。
そこまで見た人の心を支配してしまう映画って逆にすごいな!と思って、ハネケのことは尊敬しています。
ファニー・ゲームは、それまで見てきたホラーやサスペンスと違って、人の心をひたすら不愉快にしていく映画でした。主人公家族が狂った犯人にいたぶられ続けるところを延々見せつけられ、フィクションならではの救いを感じる瞬間すら一瞬で奪い去られてしまう、こんな映画見たことない…って思うとんでもない作品でした。
 
私の友達に、この映画をすごく好きと言っている子がいて、その子にこの映画の何がそんなに面白いのか聞いたら、「人を最も痛めつけるのは暴力なのか言葉なのか、多分どっちでもないんだよね。傷つくとか苦しむっていう概念をつきつけてくる作品なんだよ」と言われ、「なるほど…」と妙に納得をしてしまいました。どんな映画にも作られた意味がちゃんとあるんだということを、この映画を通して知った気がします。
友達の話を聞いて以降、私はこの映画を3日間貧血になったとんでもない体験とともに「ぜったい見ちゃいけない映画だよ」と、身近な人に逆説的な形でオススメしています。見ない人は見ないけど、見る人は見てくれて、しかも面白かったと言われたこともあるので、少しハネケに貢献できている気がします。
 
でも、私自身はファニー・ゲームを見て以降、ハネケの映画は見れていません。イザベル・ユペールが好きなので「愛、アムール」をすごく見たいのですが、“ハネケ”という言葉の並びを見るだけでゾッとしてしまって、今やハイネケンロゴマークや瓶を見てもファニー・ゲームのトラウマが甦ってくるので、まだ見れるようになるのは、先かなと思います。情けない話です。
ハイネケンとハネケみたいに、似た文字で構成されている言葉を見ると、すべて印象の強い方の言葉として認識してしまうという変な思考回路が頭の中にあるのですが、カタカナ思考回路が壊れたきっかけはエヴァです。「ヴァ」とつくものを見ると脳が勝手に「エヴァンゲリヲン」と即時解釈してしまうようになって、“ヴァイオリン”という言葉を5回ぐらいエヴァンゲリヲンと読み間違えました。鬱な気分になる作品には、何かがあるという証拠ですね。