bobourata

脚本の勉強をしています。見た作品の事とか考えてる事を書くと思います。始めたばかりです

ハネケという監督がつくったとんでもない映画

残酷なニュースを見ると、精神をやられてしまう時があります。近年はそういうニュースが増えて、悲しいです。
以前ジョージ・クルーニーが「社会で問題にならない問題にいち早く目を向けてきたのは映画業界だ」的なことを、人種問題やエイズの話を挙げて、アカデミー賞でスピーチしていたことがありました。
社会の問題とまったく関係なく見えても、面白く思う作品って、社会や人間の問題とつながりが見えてきますよね。だから、どんな方向性であれ、作り手の熱意を感じる映画はいいですよね。
日本で、そういう熱意を持って映画作りに取り組んでいる人はどのくらいいるのかなと思うことがたまにありますが、熱意を持ってつくられた映画に限って、見れる環境が限られてたりして、面白い映画はたくさんあるのに、もったいないなと感じる時があります。
 
面白い映画といっても、その面白さにはいろんな種類があると思うのですが、
 
今日は、私が今まで見てきた中で一番見たことを後悔したけど、結果見てよかったなと思った映画の話をします。
 
何年か前に映画を見て大変な思いをしたことがあります。ミヒャエル・ハネケの「ファニー・ゲーム」(オリジナルの方)を見た後、3日間貧血に苦しみました。
そこまで見た人の心を支配してしまう映画って逆にすごいな!と思って、ハネケのことは尊敬しています。
ファニー・ゲームは、それまで見てきたホラーやサスペンスと違って、人の心をひたすら不愉快にしていく映画でした。主人公家族が狂った犯人にいたぶられ続けるところを延々見せつけられ、フィクションならではの救いを感じる瞬間すら一瞬で奪い去られてしまう、こんな映画見たことない…って思うとんでもない作品でした。
 
私の友達に、この映画をすごく好きと言っている子がいて、その子にこの映画の何がそんなに面白いのか聞いたら、「人を最も痛めつけるのは暴力なのか言葉なのか、多分どっちでもないんだよね。傷つくとか苦しむっていう概念をつきつけてくる作品なんだよ」と言われ、「なるほど…」と妙に納得をしてしまいました。どんな映画にも作られた意味がちゃんとあるんだということを、この映画を通して知った気がします。
友達の話を聞いて以降、私はこの映画を3日間貧血になったとんでもない体験とともに「ぜったい見ちゃいけない映画だよ」と、身近な人に逆説的な形でオススメしています。見ない人は見ないけど、見る人は見てくれて、しかも面白かったと言われたこともあるので、少しハネケに貢献できている気がします。
 
でも、私自身はファニー・ゲームを見て以降、ハネケの映画は見れていません。イザベル・ユペールが好きなので「愛、アムール」をすごく見たいのですが、“ハネケ”という言葉の並びを見るだけでゾッとしてしまって、今やハイネケンロゴマークや瓶を見てもファニー・ゲームのトラウマが甦ってくるので、まだ見れるようになるのは、先かなと思います。情けない話です。
ハイネケンとハネケみたいに、似た文字で構成されている言葉を見ると、すべて印象の強い方の言葉として認識してしまうという変な思考回路が頭の中にあるのですが、カタカナ思考回路が壊れたきっかけはエヴァです。「ヴァ」とつくものを見ると脳が勝手に「エヴァンゲリヲン」と即時解釈してしまうようになって、“ヴァイオリン”という言葉を5回ぐらいエヴァンゲリヲンと読み間違えました。鬱な気分になる作品には、何かがあるという証拠ですね。