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bobourata

脚本の勉強をしています。見た作品の事とか考えてる事を書くと思います。始めたばかりです

上野で会ったパンダ柄のペッパーくん

24日、先生のグループ展を見に行くために降りた上野駅の銀座線改札近くで、パンダ仕様のペッパーくんを見つけました。

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胸元のタブレットからいろんなポーズを選択して、一緒に写真を撮れるということで、人だかりができていたのですが、ペッパーくんの顔がなんだか悲しそうに見えて、少し切なくなりました。

何人もの子どもたちが、ずーっと順番待ちをしているのに、ペッパーくんに何パターンもポーズとらせてキャハキャハ笑うギャルにいちいち反応してあげているペッパーくんの優しい声が、聞いているうちに断末魔の叫び声に聞こえてきました。

ペッパーくんにも人間のような心があるように思えてしまって、人間に過剰に消費されている姿を見て、悲しくなりました。

 

…と、完全に想像をふくらませすぎてしまいましたが

私は、物や人に対して色々考えすぎてしまうところがあるのですが、想像しないよりは、想像しすぎた方が絶対にいい、という信念があるので、自分の想像力は何事も肯定するようにしています。しかし、考えすぎない人の方が幸せそうに見えますね。でも、考えすぎる人がいるから、世の中のバランスはうまく保たれていると思います。人間関係とかそんな感じですよね、でもしわ寄せがきすぎると疲れてしまいます。

世の中、考えすぎない人と、そのしわ寄せに苦しむ人の二極化が進んでいる気もします。いろんな問題に当てはめられる気がします。

順番待ちしていた子どもたちは、無事ペッパーくんと写真を撮れたかな…

子どもたちには、考えすぎない人たちのしわ寄せがいかない世の中になってほしいです(なんか壮大な感じがするオチになりました)。