気持ちの整理のためのメモ

去年(2023)の4月末、人生が変わる、これまでの価値観が一変する出来事が起きた。


同じ部屋で寝ていた家族が、明け方、突然心肺停止の状態になった。


家族のうなり声で目が覚めたわたしは、何が起きたか把握できず(このときはまさか心臓が止まっているとは思いもしなかった)、歯を食いしばって、手が両手ともグーの形になって震えていて、とても会話ができそうな様子ではなく、尋常じゃない苦しみ方、今まで見たことも聞いたこともないような声(あとで先生から死戦期呼吸だと教わった)を上げている姿を見て、ただ事じゃないと判断し、慌てて救急車を呼んだ。

が、最初、間違えて110番に電話をかけてしまった。「間違えました」とすぐに切って(申し訳なかったです)、改めて救急車を呼ぼうとするも、119が頭から飛んでしまって全く出てこなかった。

急いでスマホで「救急車 電話番号」と検索して、119に電話をかけ直した。住所を言うとき、間違えずに言えるか緊張した。症状を教えてください、と聞かれ、「とにかく苦しそうにしてて、会話もできなくて」と伝えたら、すぐに向かいます。と言ってくれた。

わたしは、「今救急車を呼んだからね、待っててね」と家族に伝えながら、ブラトップインナーをパジャマの中に着たり、履いていた短パンの上から長いパンツを履いたりパジャマの上からパーカーを着たりして、人様の前に出られる準備をした。


サイレントモードになっていた携帯電話が光っているのに気づき、出たら、家に向かって出動してくれている救急隊員の方からのお電話だった。
「具体的な状況を教えてくれますか?」と聞かれ、「ずっと苦しそうな声を出していて、呼吸もどんどん少なくなっていて」と伝えると、「どんな呼吸状態ですか?」みたいなことを聞かれ、再現して伝えようとしたのだが、家族の息づかいや声のマネができず、「息を吸ってるのか吐いてるのかわからない声です。うまく説明できません」と伝えた。
家族の声がだんだん小さくなり、呼吸の回数も減ってきていたので、救急隊員の方に思わず「呼吸が減ってきています」「急いでください」などと震える声で伝えたら、とても優しい声で「今急いで向かっていますので」と言ってくれた。


そんなやりとりをしていたら、サイレンの音が聞こえてきたので、「玄関のドアを開けておきます」と伝えて電話を切った。119に電話して4分くらいで来てくださった。
玄関の鍵を開けてドアを全開にしたあと、家族のところに戻ると、家族の息が完全になくなっていた。


わたしが目が覚めて気づいたときは、仰向けで苦しそうにしていた家族は、苦しみながら体制を横向きに変えていて、救急隊員の方が到着したときには、うつ伏せになっていた。
救急隊員の方が3名、来てくださり、隊員の方がうつ伏せになった家族を仰向けにすると、家族は口から泡を吹いて、真っ青な、完全にヤバい顔色になっていた。
意識を失った家族の顔を見て、救急隊員の方が「心肺停止!」と叫ぶ声を耳にしたところから、目に見える全部が現実のことと思えない気分になった。

AEDをする準備をするために床に敷いてあるマットレスをずらすと言うので、わたしも手伝って、あとは救急隊員の方たちの姿を隣の部屋から見守った。
隊員の方が心臓マッサージをしてくれている間、AEDからも色々音がして、心肺停止の状態だったが、救急隊員の方が今度は「信号あり!」と叫んだので、わたしも「信号はあるんだ!」と少し前向きになった。
その後、AEDで電気ショックが与えられ、また心臓が動き出したことを隊員の皆さんの会話やAEDから出る音で把握して、少しほっとした。

それと同じくらいのタイミングでさらに3〜4人くらいの救急隊員の方々がやってきて、家族に色々処置をしてくれ、わたしには「今から病院に向かうので準備してください」と声をかけてくれ、家族を搬送する導線を作るために、部屋の中のものを的確に、でもすごく丁寧に動かしてくれ、あっという間に家族を救急車に乗せてくれた。

わたしは、自分と家族の携帯電話と財布をバックに入れて、マスクをして救急車に乗った。

救急車ともう一台、赤い小さめの消防車的な車も停まっていた。早朝なのに、こんなにたくさんの方が家族のために力を尽くしてくださるなんて、と、胸がいっぱいになってしまった。

私も救急車に乗るために外に出て玄関の鍵を閉めていると、朝7時前、家が緑道前ということもあって、ワンちゃんを散歩させている人がいることに気づいた。
その人が、明らかに救急車に運ばれる家族を見るためにわざとその場に留まっている感じでチラチラこっちを見ていて、とても不愉快だった。

たまたま通りかかったところに救急車が停まっていると、何かあったのかな?と気になる気持ちはわからなくもないので、今後自分は、ああいう野次馬的な振る舞いはしないように気をつけようと思った。

わたしが救急車に乗ったときには、もう搬送先の病院は決まっていたようで、スピードの速さに驚いた。

家族は、心臓は再び動いたが、青白い顔でうー、うー、と声を出すだけで、意識障害を起こしているとのことだった。

救急車の中で、渡された紙の記入欄を埋めている間も、救急隊員の中でもリーダーのような方が、「どんどん行っちゃって」「急いで進んで」と運転している隊員さんに声をかけていた。
サイレンを鳴らして走る救急車は、ほとんど止まることなく、減速も少なく、電車だと5駅離れたところにある大学病院に10分くらいで到着した。

そのあとの出来事も、全部が、現実のことと思えないようなことの連続だった。

結論を言うと、家族は、救急隊員の方々や病院のお医者さんや看護師さんたちが命を繋いでくださったおかげて、無事に助かった。奇跡的に何の後遺症もなく、SICDというペースメーカーのようなものを入れることにはなったが、これまでと変わらない生活が送れるまで回復できた。

心停止になったのは、特発性心室細動という、原因不明の致死性の高い不整脈のせいだった。だから、また何が起こるかわからない恐怖はある。


救急搬送後のこと、病院での出来事、わたしが体験したすべてを、少しずつにはなると思うが、書きたい気分になった時に書いていきたいと思っている。

(壮絶すぎて、まとめるのにはかなり時間がかかりそう)

 

簡単に言うと、搬送直後、最初に先生から受けた説明は、

「心臓が20分止まっていたので、他の臓器にもかなりダメージが残った可能性がありますが、意識障害があるので、まずは脳を守る治療をします。そのために数日間眠らせます。数日後、状況が見えてくると思いますが、普通に目を覚ますかもしれないし、何らかの障害が残るかもしれないし、植物人間になるかもしれません」というものだった。

このとき、わたしは「命は助かるんだ!よかった!」とホッとして(今思うと、我ながらポジティブすぎる)、介護でもなんでも一生頑張るから、とにかく命だけは助かってくれ、と願い続けた。

 

でも、救急搬送から6時間後くらいに、また心臓が2回も止まったと報告を受け、「エクモをつけて時間稼ぎします」と言われた。

この時、「あなたのご家族は、うちの病院の集中治療室で診ている患者の中でいちばん厳しい患者さんです。というか、このエリア(新宿)にある病院で治療を受けている患者さんの中でいちばん厳しい状況にある患者さんかもしれませんが、最善を尽くしていますので」的なことまで言われた。

 

さらにその6時間後くらいに、また心臓が2回止まったと連絡を受けた。

この時「追加で心臓の動きを助ける機械をつけましたが、心臓が止まった分だけ臓器がダメージを受けるので、また不整脈が起きてしまったら、もうかなり厳しい状況になるかもしれません」と言われた。

 

だいぶ追い込まれたし、心のどこかでは覚悟をしないといけないかも、と思いもしたが、言霊っていうのが本当にあるような気がして、少しでもいい運気を引き寄せたくて、「絶対大丈夫」「絶対助かる」と、嫌な想像を振り払いながら、とにかく助かってくれと願い続けた。

無宗教だけど、神に祈り続けた。手をずっと祈りのポーズで組んでいたので、指が腱鞘炎になった。それほど祈り続けた。

 

コロナが5類に移行する前だったので、簡単に病院の中にも入れず、「何か状況に変化があったらお電話しますので、それまで自宅待機でお願いします」と言われ、救急搬送された4月28日の夜に病院を出た後、5月1日のお昼に「不整脈が起きず、落ち着いたのでエクモを外しました」という報告の電話をもらうまで、電話を握りしめながらほぼ一睡もできなかった。

 

ちょっと書いただけだが、まだまだいろんなことがあった。本当に、本当に大変だった。

 

わたしは、家族が数日間生死の境をさ迷い、その後も、入院生活、退院後の生活をともに過ごす中で、人生の捉え方、考え方がとてもとても大きく変わった。

自分の中で築かれてきた価値観や人生観をはじめとする何もかもが全て木っ端微塵になって消え去った感じだ。

そして、家族が倒れた日から精神的に張り詰めた日々を過ごしたせいか、心室細動が起きた原因が不明なこともあって「また何かあったら助けないと」と常に無意識の緊張状態が続いてるせいか、長いことまともに眠れない状態が続いた。あまりにも眠れないので、睡眠薬でも処方してもらえたら、と、悩みに悩んで病院を受診したら、そこで、PTSDと診断された。去年の8月のことだ。


PTSDの存在は知っていたが、まさか自分がなっているとは思ってもみなかったので、受け入れるのに時間がかかった。やっと受け入れられるようになった後も、良くなろうと努力しては空回りして、いい変化は起きなかった。時間に身を任せようと気楽に過ごしてみても、突然やってくるフラッシュバックで心身が疲弊し、治療を始めてもうすぐ1年になるのに、不眠も含め全然回復はしてくれず、あまりのしんどさに驚いている。

早く良くなりたいという気持ちとは裏腹に、全然フラッシュバックは消えてくれず、いつまでこんな状態が続くのだろうと絶望的な気分になって落ち込むことが多い。

 

以前は、映画鑑賞、ドラマ鑑賞、読書、音楽を聴いたりラジオを聴いたり、とにかく常に何かに触れているタイプの人間だったが、何をしても何も入ってこなくなってしまった。

大好きだったものを、以前のように楽しめなくなり、そんな自分がものすごくみじめで、つらい。

ひとりだけ2023年の4月28日に取り残されているような、現実感がない日々に放り込まれている、みたいな気分だ。

何より、家族の苦しむ声で目が覚めた時の、心臓が止まって真っ青になった家族の顔を見た時の、あの時自分が体験した恐怖は、どんなに言葉を尽くしても誰にも伝えられない気がしていて、永遠に埋められない他者との溝が生まれてしまったことに、寂しさや虚しさを感じている。圧倒的孤独感だ。

 

わたしのような体験でPTSDになるなんて知らなかったので、似たような境遇の方の話を知りたいと思い、めちゃくちゃ調べた時期もあったのだが、なかなか知りたい情報にたどり着かなかった。

だから、いつか、誰かのためになれば、と願って、自分の体験を少しずつ書いていこうかなと思っている。(更新が数年後になったらごめんなさい)

自分が回復するためにもいいことな気がするので。

つづく

 

こんなにまとまりのない文章をお読みいただいた方、本当にありがとうございます。

『サムジンカンパニー1995』を観た

去年の年末に鑑賞した。
とても感銘を受けてFilmarksの方に感想を書いていたのだが、今日ふとこの映画を思い出し、改めて、今の私に必要なエネルギーが詰まった重要な作品な気がして、せっかくなのでブログの方にもFilmarksに書いた感想をアップしておくことにした。

以下、感想文。

目にしてしまった問題、気になった違和感に目をつぶらないこと。

組織に所属していると、これが意外と難しくて、声を上げる人は煙たがられることが多いと思う(日本人は事なかれ主義が多すぎるし……)。

高卒という経歴だけで、能力はあるのに、雑用しか任されない女性社員たち。
着させられている制服が彼女たちの目印のようになっていて、制服姿の女性を見たら、男たちは「コーヒーをくれ」「タバコ買ってきて」と言って、彼女たちの話すら聞こうとしない。

会社が「TOEIC600点以上取れば代理に昇進できる」というので、彼女たちは、会社主催の『高卒社員向けTOEICクラス』に通っているが、「これは英語ができない私たちをクビにするために口実を作ろうとしてるだけだ!」と言う子もいる。
それでも、目の前の仕事や目標と向き合いながら、会社のために、自分のためにコツコツ頑張っている彼女たちを見ていると、そうするしかない現状の苦しさ、でも現状を少しでもいいからよくしたいので出来ることをやっていくんだ、という絞り出された勇気が入り乱れていて、これは1995年の話なのに、2021年現在の日本に生きる自分ともリンクしすぎて胸が苦しかった。

でも、勇気を出さないと何も変わらないから、変化を求めるなら、やっぱり少しずつでも行動していくしかない。
少しの勇気が、連鎖していけば、大きな輪になるし、何かを変えることができる。

こんなことが、今の日本に住んでいる者からするとおとぎ話のように思えるなんて本当に悲しいけど、

この作品は本当に面白かった。気持ちのいいさわやかな話だった。

この映画のように、変化を求めて勇気を出す人たちがちゃんと報われる社会であってほしい。

こういう映画が日本でも公開されたことに希望は感じた。





ぜひ観てみてください。

悪人伝のマブリーみたいになりたい

ギャラ支払います、初号試写決まったら連絡します、なので少々お待ちください、という言葉を信じて1年以上プロデューサーからの連絡を待っていた脚本協力で参加した映画が公開されるということを、ツイッターでたまたま目にした映画サイトのツイートで知った(この仕事をした時の出来事がトラウマ体験すぎて、その映画のタイトルを検索することすらできないでいた)。
未だにギャラは振り込まれてないし、試写も呼ばれなかったっぽいので、私は完全にナメられてるんだなと実感していてる。

脚本協力の仕事をさせてもらった時も、プロデューサーたちのやり口に、心をぐちゃぐちゃにされた(“脚本協力”という肩書きに込められた背景を想像してほしい)。
こうやって若手は潰されてきたんだろうかと見知らぬ誰かに思いを馳せずにはいられない体験だった。私のように、新人だからいいように利用され、やる気を搾取され、使い捨てられた人間がどのくらいいるのだろう。
誰のために、何のために(たぶん金のためなんだけど)、その映画をつくっているのか信念が見えない人たちを目の当たりにして悲しくなった。
私は、その映画が少しでもより面白くなってほしい、という気持ちで必死に頑張っただけなんだけど。

ギャラは必ず手に入れる。遅延利息も絶対もらう。でもその映画は観たくない。

ほんとに悲しい。でも私には目標があるから、必ずまた立ち上がるぞって決めている。



プロデューサーに改めて連絡する勇気を出すため、今の自分の気持ちを文章にしたら、少しだけどスッキリした。気持ちの整理もついてきた。そんな文章をスマホに眠らせておくのも文章に申し訳ないので、記念にブログにアップしとく

男女の立場が逆転した世界を描いたNetflixオリジナル映画『軽い男じゃないのよ』を見た

 

Netflixオリジナル作品『軽い男じゃないのよ』を見た。フランス映画だ。

 

f:id:bobourata:20180414164235j:plain

 

www.netflix.com

www.imdb.com

 

仕事でも成功し、イケメンで、女性を口説くのが好きな男が、ある日突然、男女の立場が逆転した世界に迷い込んでしまう。


女性中心に社会がまわっていて、男性は家事や育児に追われ、社会では不当な扱いを受けている。この世界の男性は、仕事で全く評価されないどころかちゃんとした仕事にもなかなかつけないし、容姿や身なりで価値をつけられるので、好きな服を着て、言いたいことを言い、自分らしく振る舞うと「男らしくないよ」と言われる。そんな世界に絶句する主人公。

男女逆転の世界に迷い込む直前に一目惚れした女性と再会したことから、話はロマンスの方向へ進んでいくが、ここでもよくあるラブストーリーが完全に男女逆転した状態で描かれていく。

 

しかしよくあるハッピーエンドでは終わらない。

最終的には、すべての人が男らしさ・女らしさに(意識的であっても無意識であっても)縛られて生きていることが、いかに自分の成長や人とのコミュニケーションの妨げになっているかが教訓的に描かれている。

この映画は、ラブストーリーではなく、最初から最後まで徹底したフェミニズム映画だった。

 


現実社会を女として生きている身としては、男女逆転した世界の中で戸惑う主人公の姿を爽快な気分で笑って見ていられたのは一瞬だけだった。

この映画は、現代社会に溢れる女性の不当な差別の現実を、ありのままに(男性に置き換えて)描いている。


性差別を客観的に見ると、いかにこの世の性差別が理不尽でおかしなことかがよく分かる。

当たり前なこととして受け入れてきた価値観も、客観的に見ると「こんなに変なんだ…」とゾッとする部分もあった。見ていて辛かった。

 

この映画の興味深いところは、女性がかわいらしく着飾ることが「女らしくない」とされているところ。

ようは、女性はラフでナチュラルでいることがいいとされる世界なので、ブラジャーをつけていなくても、メイクをせず外出しても「みっともない」と思われないのだが、スカートやワンピースを着たりハイヒールをはいたりメイクしたりすることは「女らしくない」とみなされている。

 

これは、現代社会に置き換えると、「男らしさ」という価値観が、時に男性の自由を奪っていることがあることを表現しているんだなと思った。

 

性差別は、男性にとっても、女性にとっても、自分らしく生きることの妨げになっている。

 

自分らしく生きられる世の中になるには、何が必要か?

 

この映画を見終わった後、

 

チママンダ・ンゴズィ・アディーチェの男も女もみんなフェミニストでなきゃ

を思い出した。

 

 

以下、アマゾンから引用

「わたし自身の、フェミニストの定義は、男性であれ女性であれ、
『そう、ジェンダーについては今日だって問題があるよね、
だから改善しなきゃね、もっと良くしなきゃ』という人たちです。
女も男も、私たち「みんな」で良くしなければいけないのですから。」

ジェンダーが世界のすみずみで問題になっています。
そこでわたしは今日、それとは違った世界を夢想してプランを練りはじめたほうがいいと呼びかけたいのです。
もっと対等な世界を。自分自身に誠実であることで、
より幸せになる男性たちとより幸せになる女性たちの世界を。
これが私たちの出発点です。
私たちの娘を違うやり方で育てなければいけないのです。 
私たちの息子もまた違うやり方で育てなければいけないのです。」

 

www.kawade.co.jp

 

 

これを見た後、いろんなことを考えていたら、自分のためにも、周りの人のためにも、社会のためにも、性差別がなくなることが理想だけど、実現する?不可能なのでは…?と、逆に痛いほど現実に引き戻された。

 

きっと道のりは長いんだろうな…

 

知的好奇心が刺激される面白い映画だったが、同時に、とても絶望的な気持ちにもなっている。

Orange Is the New Blackについて

『Orange Is the New Black』

Netflixのオリジナルドラマ。女性刑務所が舞台の物語。


これを見ていると、ブリー・ラーソンが『ショート・ターム』の時のインタビューで

年齢や体型や人種や肌の色が違ってもみんな同じ。誰もが辛い体験や美しい話など、物語を持っている。お互いを許し、理解することが大切で、それができれば私たちは大きな家族になれる」

と言っていたことを思い出す。

そのインタビューはこちらに載っています↓↓

dayslikemosaic.hateblo.jp

 

登場する受刑者たちがなぜ犯罪を犯したのか、ここに行き着くまでの背景も丁寧に描かれており、皆、ただ無茶苦茶やって捕まったのではなく、悲しい過去や深い闇を抱えていたり、自分ではどうにもできない社会の問題の犠牲になっていたりと、犯罪者とはいえ、かけがえない一人の人間なんだという事を強く訴えかける作りになっている。

シーズン1の冒頭数話は、刑務所にいる人たちがとにかく怖かったが、登場人物それぞれの人柄や背景を知るたびに、偏った見方をしていた自分にハッとさせられた。

 

好きなエピソードだらけだが、特に忘れられないのは、
Season 3  Ep13  信ずるは我のみ(原題:Trust No Bitch)
Season 4  Ep13  事実もみ消し指南(原題:Toast Can't Ever Be Bread Again)

 

f:id:bobourata:20161207162151j:plain

この画像は、このドラマの中で私が一番好きなシーン。

刑務所を飛び出して、みんなが湖に飛び込んでいく。
このシーンの解釈は何通りもあると思う。私は、何通りの解釈をしたか分からないくらい、何回もこのシーンを見ては、このシーンの中に込められたメッセージや意味を考えた。作り手たちはどうやってこのシーンを考えたんだろう……と想像するのが楽しい。
私はこのシーンを毎日思い出して、色んなことを考えている。